2020年3月9日月曜日

タンゴ:Rodolfo Mederos / ロドルフォ・メデーロス (#00037)

タンゴに全く興味は無かったが、ある日突然聞くようになった。
突然、聞くようになった主な演奏は、ピアソラではなくRODOLFO MEDEROS / ロドルフォ・メデーロス。

もちろん ピアソラの偉大さは充分承知しているが、ちょっと私には重い。
ロドルフォ・メデーロスもピアソラ信奉者というより、ピアソラに見出された人でもあり、ピアソラの曲もよく弾くが、彼の演奏は、とても好きです。

今は間違いなくタンゴでの大御所だろうが、「ピアソラ以降、彼を引き継ぐタンゴの後継者が居ない」みたいな記事を見た事もあるが、とても失礼な話と思う。





バンドネオンの練習:練習(#001) はじめに:「悪魔の作った楽器」「絶滅危惧楽器」 (#00036)

Wikipedia情報(#00034)にて、以下の3つがWikipediaのバンドネオンの紹介で改定あると話したが、
  • 「アコーディオン奏者の○○さん」と声をかける事はタブーとされる。」
  • 「絶滅危惧楽器」
  • 「悪魔が発明した楽器」
楽器の練習をし始めて「絶滅危惧楽器」「悪魔が発明した楽器」と言われる所以を実感する次第。
なんせ押した時を引いだ時で音が違う、ボタンの配列も左右・押引で違うという難解さ、「絶滅危惧」と言われるのもよく解る。

また、バンドネオン奏者の父親から教われば、と思われるのも自然だが、根が素直で無いせいか、身内では、なるべくというよりほぼ教わりたく無いという気持ちが強い天邪鬼である。

どうしようかと悩んでいたが、とりあえずYoutubeでバンドネオン教習は結構ある。
だが、ほとんどスペイン語が多いようで、画面と音を聞いて入れば内容は解るが、やはり細かいところが全く理解できない。

結局、米国のBrett Lemeleyさんという方がやられている、「Lean Bandoneon」という英語のサイトを見ながら進めている。



リンク
Learn Bandneon

まあ、「40の手習い」どころでは無く更に歳は上だが、まあ、神に召されるま前に1−2曲でも弾ければという、低い目標で頑張っていきたいと願う。

2020年3月3日火曜日

バンドネオンについて(2):ELA: Ernst Louis Arnold エルンスト・ルイス・アルノルト? (#00035)

お恥ずかしい限りだが、つい少し前、Wikipeidでバンドネオンの説明を読むまでは、ELA: Ernst Louis Arnold エルンスト・ルイス・アルノルトも知らなかったし、私の父親も、もろ文化系人間で、楽器に対する拘りもあまり無い様で、私が子供の頃から「エラエラって言う変わった名前のドイツの楽器で、AA:アルフレート・アーノルドの親だか、叔父だかが作った古い楽器」というくらいの情報しか知らなかった。

結局、親父も楽器に書かれた「ELA, ELA」を単に読んでいただけの様子。


ということで、私もWikipediaの情報以外はあまり知らないし、タンゴ通の方からすればお恥ずかしい説明だろうけど、ドイツのAAなどのサイトの情報も少し加えて、バンドネオンの歴史について、自分が判った範囲で、まとめようと思う。

Wikipediaのバンドネオンの説明から歴史を追うと;
  • 蛇腹楽器としては、元々はコンサティーナという楽器があった。よく古いミッキーマウスなどで6角形の小型アコーディオンみたいな物が出てくるが、それを想像すれば良いと思う。
  • 1829年頃、オーストリア・ウイーンのシリル・デミアンがアコーディオンの特許を取得(諸説あり)
  • 1847年に、ハインリヒ・バンドがバンドネオンをアコーディオンを元に発明、したがって当初はバンドニオンという名称だった(BAND + (ACCORD)ION)。
  • 発明はバンドだが、基本原理を詰めたのは、カール・フリードリッヒ・ウーリッヒ。なお、カール・フリードリヒ・ツィンマーマンが、カールスフェルドに設立したハーモニカ工場がバンドネオンの製造母体となる。(ドイツ側Wikipedia)
  • ツィンマーマンがアメリカ移住の為に、この工場を1864年に、そこで工場長となっていた、Ernst Louis Arnold エルンスト・ルイス・アルノルトに売却し、製品名に「ELA」が付く様になる。
    ちなみに、ウーリッヒの娘とアルノルトと結婚し、その子供がアルフレート・アーノルドとの事。
  • エルンスト・ルイ・アーノルドの末息子アルフレッドが、1911年に「アルフレッド・アーノルド」を設立。
  • 1945年頃までに、AAから、約30,000個のバンドネオンがアルゼンチンとウルグアイに輸出され、1948年頃にバンドネオンの生産が終了(会社の収用による)、その後1964年には、カールスフェルド村での楽器生産は完全に終了とのこと。
とすると、我が家にある「ELA」は、会社が設立された1864年以降であり、1911年に息子である「アルフレッド・アーノルド」が起業するまでと考えると、既に製作されてから最低でも100年以上は経過していることになる。

実際は1930年代に作られた「ELA」もある様なので、息子の「AA」が作られた以降も「ELA」も並存して作られていたと考えると、それほど古くは無いかもしれないが、それでも90年くらいは経過している古い楽器であることに違いはない。

今後、分解した時に内部を調べで、実際の製造年代を特定したいとを思っている。



2020年3月1日日曜日

バンドネオンについて(1) Wikipedia情報(#00034)

バンドネオンの楽器ELA: Ernst Louis Arnold エルンスト・ルイス・アルノルトの事は、前のブログで書いたが、ちょっとバンドネオンについて調べたことを、これから数回に渡って纏めておこうと思う。


なお、私は、親がバンドネオン奏者である点など多少の予備知識はあるものの、これまでタンゴやバンドネオンとは関わりなく過ごして来たので、全くの素人の知識として述べます、もし違うようなら指摘して頂けたら感謝に堪えません。


なお、バンドネオンの事は、日本語Wikipediaにかなり細かく書かれており、非常に参考になりました、多分Wikipediaに投稿された方の知見は大した物であり、バンドネオンに対する造詣、愛情が感じられる記載と思いました。

  • 「アコーディオン奏者の○○さん」と声をかける事はタブーとされる。」
  • 「絶滅危惧楽器」
  • 「悪魔が発明した楽器」

と、面白い記載もされています。
また、楽器の製造元の情報も深く書かれており、この説明にて初めて、ELAが、Ernst Louis Arnold の略であり、名器のアルフレッド・アーノルド:AAの親であったことを知った次第。

これらについて、少しずつ判った事を記載してゆきます。


ELA: Ernst Louis Arnold エルンスト・ルイス・アルノルト(#00033)

バンドネオンのELA:Ernst Louis Arnold エルンスト・ルイス・アルノルトが自宅に来ました。
この楽器、もともと自分が物心つく頃から実家にあったというより、バンドネオン奏者である私の父親が使っていた物で、自分もこの楽器の食い扶持で育ったとも言えるものです。
現在父親はもう一台のバンドネオン、AA:アルフレート・アーノルドを常用しており、このELAは余り使われなくなった事もあり、自分もこの年になりバンドネオンを始めようかと借りることになった次第。
後ろ(演奏者側)部分は;ELAの表示;
演奏者側全景としては;
上からの眺め;
右手鍵盤部分;
左手鍵盤部分;
全景として:
JBLやマッキントッシュのアンプなど、結構存在感のある物が部屋にはあるのですが、この楽器、螺鈿の装飾を含め、まったく桁違いの存在感とも言える代物です。

Walter Wandelay ワルターワンダレイ BATUCADA。(#00032)

ディスクのジャケットは、例えばJAZZだと、Sonny ClarkのCool Struttinnの様な名盤が有名だが、私は、このワルターワンダレイのBATUCADAのジャケットがSonny Clarkに引けを取らず大好きです。
ワルターワンダレイは姉が大昔、子供の頃にエレクトーンを習っていて、その時から良く聞いていましたが、いずれのVerve盤も名作で今でも時折聞いているが、ジャケットとしてはこのBATUCADAが抜群に良いと思う。

この女性のえもゆわずの色気というか、当時の色香も知らぬ鼻たれ小僧であった自分ですら、ちょっと別格なエキゾティックな色香も感じました。

CDは持っていたのですが、たまたまLPの出物を見つけ、思わず購入!、届いてみると、30cm LP版ジャケットの迫力に改めてCDって所有欲という面では全くのオモチャと実感。昨今の物に対する文化度って、このCDの安直さも関与しているように思える。

表の迫力に加え、裏面は;
裏表合わせて;
中開の説明も;

やっぱりLPの迫力は大したものです。
もちろん中身の音、特にWAVEの女性ボーカルは凄い!


バンドネオン: バンドネオンを背負えるバック (#00043)

バンドネオンの練習を始めたが、やはり独学では無理と感じ始め、教室に通い始めた。 そこで必要になるのはバンドネオンのバッグ。 最初はもともと入っていたハードケース(楽器本体と同時代のかなり年代物の重い箱)で運んでいたがとても重くリュックの様に背負って使える物を探したが、、、、。 海...